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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
41 椰子林の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,374 字 · 345 页
安芸守の言うところには温か味がある、それが何かしら神尾を和らかにするものがありました。この安芸守は年配に於て、十も主膳の先輩ではあるが、旗本としての門地は、今は知らないが、以前は遥かに神尾より下でした。今の神尾としては、誰ひとり振向くものもなし、振向くものの面は冷たいと思って、僻むところを、こういうふうに温かに取扱われると、悪い気持はしない。まして、たった今、覚王院や竜王院で、お取計らいを食って出て来たその余勢ですから、神尾もここで、故旧になぐさめられるような温かな味、近来受けたことのないものを受けました。
「いや、ドコにいると名乗るほどの安定はない、刑余の亡命者でござるがな、今日は、どういうものか、虫の居所が少し違っていると見えて、じゃんじゃんの鐘を聞くと、急に上野の地が恋しくなったようなわけで、山へ登ってみましたよ。とりあえず、竜王院と覚王院をたずねてみたが、見事な門前払い、なるほど、今の神尾ではかくもあらんかと腹も立たなかった、今日という日は、妙に虫の居所が辛抱強い、それにも屈せずして御門を叩いてみると、ここの御門前は極めてすべりがよろしい、かくばかり滑らかに通されて、温かいお言葉に接することは、神尾の身にとって、近ごろ絶えて無いこと、よろこばしう存ずる。