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たいうのぜんじつ
大雨の前日
伊藤 左千夫
「ホトヽギス 第十四卷第一號」1910(明治43)年10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,470 字 · 5 页
今少し貨殖の道に心掛ければよかった。思えば自分はどう考えても迂愚であった。
予はこんな風に、今更考えても何の役にも立たない愚な事を考えずに居られなかった。
つまらない。実につまらない。何だ馬鹿馬鹿しい。実にくだらないなァ。
俄に気づいてうんと自分を嘲り叱って見ても、不安は依然として不安で、今の苦悶の中から、心を不安境外へ抜け出ることはどうしても出来ない。
今茲へ来て何を考えたって役には立たない。未だ雨も降らないのに、出水を心配するなどは猶更無駄な話だ。こう思いつつ何も考えない事にして、仰向に踏んぞりかえった。そうして両足を伸し腹部も十分に張って見たけれど、心のくもって居る様な胸の苦みは少しも減じなかった。予はほとほと自分の体と自分の心との取扱に窮して終った。そういう内に、何と云っても児供は児供でどんな面白い事があったか、苦の無い笑声を立てて騒ぎ出した。予も亦不思議と其声に揺られて、心の凝りが聊か柔かになった。
大雨は其夕から降出した。雨の音はさながら悪魔の叫喚だ。目に見た悪魔が今は我家の周囲に肉迫し来って、耳に近く其の叫喚の声を聞く心持がした。