轻松读懂日语经典作品
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てんぐ
天狗
大坪 砂男
「宝石 七、八月合併号」岩谷書店、1948(昭和23)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,545 字 · 19 页
やがて、脱衣して湯舟に近づく気配。こちらはボチャボチャ水音をたてる。常にない男湯の音は喬子の注意をひく。自然と話声に聞耳を立てる。一人二役を演じる時だ。腹話術――だが、唇をどう動かそうと、百面相をしたってかまわない、二人いるように聞えさえすればいい簡単な芸当なのだ。数日の練習で自信を得ていた。
「君。黒百合を見たことがあるかい?」
「さあ。話には聞いてるが」
「この近くに咲いてるんだよ」
「嘘だい」
「その匂いの素晴しいこと。夢の香りだね。きのうの匂いがまだ鼻に残ってる」
「本当か? え? どこにさ?」
「後で行って採ってこようよ。誰かに見つかりでもしたら大変だ」
「うん。でも、危険な処じゃないのか?」
「安全至極な場所さ。そら、白樺の散歩道ね。あれをずっと行くと滝の上に出るだろう。その手前の左側に竹藪がある。そこに野バラが白く咲いてるよ。その横から這入れるだけの隙間があって、ぐっと廻って行くと、正面に赤い岩がある。岩の上にたった一輪。見事な奴だよ。地上の物とは思えないね」
「ふーん」
ここでザーザー湯を流し、二人前の音をたてて、さっさと上ってしまう。部屋に帰るとまた寝床にもぐりこんで悠々と一服吹かした。