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てんいむほう

天衣無縫

織田 作之助

「文芸」1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,975 字 · 25 页

青空文庫

はもはや金策は義務にひとしい。だから、まず順序として、親戚で借りることを考えてみる。京都には親戚が二軒、下鴨と鹿ヶ谷にあり、さて学校から歩いて行ってどっちの方が近いかなどとは、この際贅沢な考え、じつのところどちらへも行きたくない。行けない。両方とも既にしばしば借りて相当借金も嵩んでいるのだ。といって、ほかに心当りもなく、自然あの人の足はうかうかと下鴨なら下鴨へ来てしまう。けれど、門をくぐる気はせず、暫らく佇んで引きかえし、こんどはもう一方の鹿ヶ谷まで行く。下鴨から鹿ヶ谷までかなりの道のりだが、なぜだか市電に乗る気はせず、せかせかと歩くのだ。

そんなあの人の恰好が眼に見えるようだ。高等学校の生徒らしく、お尻に手拭いをぶら下げているのだが、それが妙に塩垂れて、たぶん一向に威勢のあがらぬ恰好だったろう。いや、それに違いあるまい。その頃も眼鏡を、そう、きっと掛けていたことだろう。爺むさい掛け方で……。

やがて、あの人は銀閣寺の停留所附近から疏水伝いに折れて、やっと鹿ヶ谷まで辿りつく。けれど、やはり肝心の家の門はくぐらず、せかせかと素通りしてしまう。そしてちょっと考えて、神楽坂の方へとぼとぼ……、その坂下のごみごみした小路のなかに学生相手の小質屋があり、今はそこを唯一のたのみとしているわけだが、しかし質種はない。