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てんいむほう

天衣無縫

織田 作之助

「文芸」1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,975 字 · 25 页

青空文庫

それというのも奴さんも奴さんだが、奴さんのおふくろというのが俗にいう女傑なんで、あれでもなしこれでもなしとさまざま息子の嫁を探したあげく、到頭奴さんの勤めている工場の社長の家へ日参して、どうぞお宅のお嬢さんを伜の嫁にいただかせて下さいと、百万遍からたのみ、しまいには洋風の応接間の敷物の上にぺたりと土下座し、頭をすりつけ、結局ものにしたというんです。もっとも、奴さんはその工場でたった一人の大学出だということも社長のお眼鏡に適ったらしいんだが、なに、奴さん大学は中途退学で、履歴書をごまかして書いたんですよ。いまじゃ社長の女婿だというんで、工場長というのに収まってしまって、ついこの間まではダットサンを乗り廻わしていましたがね。ところで、奥さん、そんな男と結婚するよりは、軽部君と結婚した方がなんぼう幸福だか、いや、僕がいうまでもなく、既に軽部夫人のあなたの方がよく御存知だ。聞きたくなかった。そんなお談義聞きたくなかった。私はただ、何ということもなしに欺されたという想いのみが強く、そんなお談義は耳にはいらず、無性に腹が立って腹が立って、お友達にではない、あの人にでもない、自分自身に腹が立って……。