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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

けれどむろんそこに文素玉の影もあろう筈がなく、ただ道行く人が一人胡散臭そうに立ち止って彼の姿を眺めていた。くそ忌々しいと彼は再び口に出して呟いた。

白堊建の大きな朝鮮人経営の銀行前を通って、いつの間にか鐘路四辻の方へ近附いて来た。急に辺りは騒々しくなり、人力車は走り自動車は流れ電車はもどかしげに警笛を鳴らしている。百貨店和信と韓青ビルの高層建築を起点として、東大門の方へ向って大通りを挟み立派な建物が海峡のように連なっていた。丁度四つ角に立っている旧世紀遺物の鐘閣の前へ出ると跼っていたおいぼれの乞食達は手をさし伸べ、きたならしい乞食の子供達はどこからともなく稲虫のように群がって来た。今年はめっきり乞食がふえている。彼は物々しく手を振り上げて子供達を追い散らした。韓青ビルの前あたりからは歩道にも夜店が出張っていて人々の流れで雑沓し、売子達の掛声が喧しく響き返っている。丁度その夜店並びの入口のところでは、物見高い連中に囲まれて白い頭巾をくるんだ百姓男が酔いつぶれたらしく手を振りつつ、何かを喉につまった声でしきりに喚いている。一体どうしたのだろうと首を出して覗いてみれば、男の傍には支械が立てられ、そこには大きな桃の花の一杯ついた枝々がのっかっていた。