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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

彼は思い深げにその入口の前に立ち止ると、へん、青くさい野郎奴、今こそ豚箱で……とにやり薄笑いを浮べた。それからどれ、一つはいってやるかなという気になったらしく、急に胸を張り肩を怒らして慌しげに扉を押してはいって行った。ホールの中はがらんどうで、隅っこに僅か二人の外交員風の男が向い合って、ひそひそ何かを話し合っているきりである。玄竜はその真中の方へ徐ろに進んで行きどっかり坐り込むと、給仕の女の子を手招き寄せ暫くじいっと顔を見上げていたが、女の子が気味悪げに赧らむのを見るなり突然叫んだ。

「コーヒー」

女の子はびっくりして飛んで行った。で、彼はすっかり満足してにたっと笑いを浮べお尻を上げると、今度はどういうつもりか調理場の方へ狗のようにはいって行くや、

「ひー済みませんね」と相好をくずし、手をぴょこんと差し出した。「おしぼりを一つ……」

こういった馴れ馴れしさからみるに、調理人達はとうに自分を知っているに違いないと思っている訳であろう。成程彼等は昨夜二階で起った不祥事件を知っているので玄竜を覚えていた。丁度朝鮮文人達の会合があって何かを皆が熱心に討論し合っているところへ、片隅で突然玄竜がけらけら笑い立てたかと思うと、彼は一人の若い男から突然皿を投げ附けられ、頭を打たれて倒れたが、仰向けになったまま尚も不貞腐れた