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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

意想天外なこの神秘主義者を見てくれといわぬばかりに。花々が無慙に首を折られ花びらをよごして所々に落ち散らばった。が、ふと思い出したように振り返って見ると、田中が一人暗がりの芥溜に小便を垂らしている。それで玄竜はこの時だとばかりその傍へ飛んで戻るや息をはあはあ切らしつつ、「田中君」と喉に詰った声で囁いた。「大村君に僕のことを頼んだぜ。お寺へ行かぬようにしてくれ、お寺へ」

その声があまりにも絶望的な悲しみにうちふるえていたので、驚いて田中は玄竜の顔を見つめた。ぞっとするようにひきつって見える形相が急に崩れて、気味悪い笑顔が浮んだ。それから彼の片方の手が自分の肩を卑屈そうに打って来た。

「あれはどうも官僚だからへいへい云わないと悦ばんのだよ。芸術家というのも分っていないんだよ……明日ホテルに行くぜ」

と云い捨てると、再びこれ見よがしに桃の枝に跨がって引きずりつつ天を仰いで喚き始めた。

「玄竜が天に上るんだ、天に上るんだ!」

その際に大村と角井は田中を横小路の方へ引張って大通りに出ると、自動車を止めるために手を挙げた。小路では益々いい気になった玄竜の喚き声が続いていた。