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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

触らぬ神に崇りなしとどんな男からも怖れられた玄竜が、それしきの夢にこれは又何ごとだと思えば急に忌々しくもなって来た。惨めな残骸を曝している桃の枝が今の自分の姿とも思われるのだ。すると昨夜の花売り百姓の哀れな像が大写しで現われ、それが両手を振りながら絶望的に喚いている声が聞えて来る。

「どうして皆笑うんでがす、笑うでねえ、わっしあ斃っちまうんだ。笑うでねえ!」

部屋の中は恰で煙幕をはられたようである。玄竜はこういう絶望的な声からのがれようとして、急に腕の間に頭を抱えて耳をふさいだ。そしてごろっとその場に倒れ身悶えした。そうだ、僕こそいよいよ斃ってやるぞ! 鐘路四辻の真中で自動車と電車の間に挟まって爆弾のようにはね散って死んでやるぞ! 事実彼は昨夜から自分の死ばかりを考えているのだった。死ぬには交通自殺に限る。大通りの真中でむごたらしく死んでやってこそ、最上最後の復讎が出来ると思っているのだ。それで僕も以って瞑するぞ。するとその時部屋の中は真暗くなり、天井といわず壁といわず温突の底といわず方々から、自分の残骸を嘲笑う群衆の嗤い声がわっははと湧き上った。