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きだんクラブ〔せんごばん〕

奇談クラブ〔戦後版〕

野村 胡堂

17 白髪の恋

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,739 字 · 23 页

青空文庫

「いや、僕にはまだ仕事がある。僕は三十七年前に果さなかったことを、今度は果たす積りで来たのだ」

「それはどういう意味だ」

「彼女の胸に、もう一度恋の火を点ずるのだよ、――僕はまだ二十五歳の昔と少しも変らぬ情熱を持って居る」

一本の歯も無い、皺だらけの老人藤波金三郎には、斯んな事を言い切れるほど、まだ青年の血が燃えていたのです。

「冗談じゃない、その婆さんには夫があるのでは無いか」

私達は思わず声を揃えました。六十歳の有夫の老女を、この浦島太郎は一体どうしようと言うのでしょう。

「そんな事は問題でない、亭主は名代の悪者だ、離婚しようと思えば、理由はいくらでもある、――何が何んでも僕はもう一度秋田へ行って、彼女に逢って見るよ」

藤波金三郎の決心は動かすべくもありません。

私の老友にHという老音楽家がありましたが、六十五歳で養老院のベッドに、半身不随の身を横たえ乍ら、

「不思議なことがありますよ、斯んな浅ましい姿になって、養老院のベッドで垂れ流して居るくせに、私の青春は少しも衰えないのです。僕はまだ恋をすることが出来るのです。神様の悪戯ですね」

そう言って苦笑いして居たことがあります。