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おうしゅうにおけるみたちふじわらし

奥州における御館藤原氏

喜田 貞吉

「民族と歴史 第七巻第六号」1922(大正11)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,211 字 · 34 页

青空文庫

しかして年来朝威を忽諸し、旧主を蔑如す、大逆無道なり」といっており、『吾妻鏡』にも、頼朝勅許を得ずして泰衡を討伐する時の口実の一に、「泰衡は累代の御家人の遺跡を受け継げる者なり」とあるによれば、もとは源氏の家人の家柄であったものに相違ない。あるいはその家また祖先以来東国にあって、いわゆる東人の一として、直接もしくは間接に俘囚の胤を承けているのであったかも知れないが、それは今の研究からは別問題としてしばらく保留することにする。

ともかく御館藤原氏が、系図の示すごとく秀郷の後裔であるとして、さらにその以後の血統を調べてみると、清衡の母は俘囚長安倍頼時の女で、この時すでに彼が俘囚の血を承けていることは疑いを容れないのである。ことにその母は俘囚長清原武貞の後妻となって、子の清衡は幼時よりその家に養われ、後に継父武貞についで奥六郡を管領したとあってみれば、彼が他から俘囚の家柄のものであると認定されたに無理はない。俘囚長必ずしもそれ自身俘囚の種であらねばならぬ理由はない。大伴大連室屋の子談が夷種の軍隊たる佐伯部の長となり、佐伯宿禰の家を起したからとてあえて不思議はないのである。