轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

おうしゅうにおけるみたちふじわらし

奥州における御館藤原氏

喜田 貞吉

「民族と歴史 第七巻第六号」1922(大正11)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,211 字 · 34 页

青空文庫

しかしながら平安朝において夷俘の長と指定されたものは、その国の夷俘中の人望あるものであった。『日本後紀』弘仁三年六月二日条に、その同類のうち心性事を了し、衆の推服するところのもの一人を択びてこれが長となすとある。この意味から陸奥の俘囚長たる安倍氏、出羽山北の俘囚長たる清原氏が、またそれ自身俘囚の種であると認定さるべき理由がないでもない。ことに安倍氏のごときは、みずから先住民族たることを認めていたらしく解せられる。そはその子孫なりと自称する秋田安東氏が、みずから長髄彦の兄の後裔なることを主張し、秋田実季の文書にもそれが歴然と記されていることから解せられよう。

そのほかにも安倍氏が夷種であったことの証拠は多く、かつて自著『読史百話』においてこれを述べ、後に『国学院雑誌』上の弁駁に対して、同誌第十九巻第十一号において述べておいた通りである。また清原氏のごときも当時夷として認められたもので、これもかつて『歴史地理』第二十巻第四号の誌上に「夷人清原武則」と題して述べておいた。しからばその安倍頼時の女を母とし、清原武貞を継父としてその跡目を相続した藤原清衡が、それ自身俘囚であると認められたに不思議はなかるべきである。