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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
「民族と歴史 第七巻第六号」1922(大正11)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,211 字 · 34 页
この月十日附権中納言経房の「奉書」に、
奥州貢金の事、明年の御元服料と云ひ、院中の御用と云ひ、旁所用等あり。而して泰衡空く以て懈怠す、尤も奇怪の事なり。早く催進せしめ給ふべし。且は又国司に仰せられ畢んぬ。
とある。当時朝廷では、後鳥羽天皇の御元服にも、また院中の諸雑用にも、実にこの藤原氏の貢金を当てにして居給うたのであったのだ。かかる次第であったから、法皇が最後までも頼朝に許すに、征夷大将軍の号をもってすることを憚り給うたに御無理はない。
しかしながら頼朝がますます勢力を得るとともに、その圧迫の手は次第に奥州にも加えられた。平家滅亡の翌年、すなわち文治二年に至って、従来秀衡より朝廷へ貢進する砂金その他の物資は、爾今必ず頼朝の手を経由すべく、左の書面を秀衡に送ったのであった。
御館は奥六郡の主、予は東海道の惣官なり。尤も魚水の思をなすべし。但行程を隔てて信を通ぜんと欲するに所なし。又貢馬・貢金の如きは、国土の貢たり。予争でか管領せざらんや。当年より早く予伝達すべし。且勅定の趣を守る所なり。云々。
これに対して秀衡ももはやこれを拒むに由なく、四月「請文」