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おんなとぼうし

女と帽子

豊島 与志雄

――「小悪魔の記録」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,614 字 · 33 页

青空文庫

のである。もう着物にきかえ、顔も洗い、髪もなであげていたが、頬の肉がおち、眼が窪んで、そして両の顳のあたりに、結核性とも見えるような、かすかな赤みがさし、目玉は昨日よりも更にどんよりとしていた。室の方を見ると、雨戸もすっかり開け放たれ、波江は鏡台に向って髪をとかしていた。

東の水平線に或る高さまで雲がかけていて、その上から、太陽が覗き出したところだった。今村は寒そうにこまかく震えながら、朝日の光の中にちぢこまり、穏かなそして鳥肌だったような海の上を、ぼんやり眺めた。鴎が数羽飛んでいた。

俺は静に話しかけてみた。

――いい朝ですね。

没表情な顔で、返事はなかった。

――どうでした。成功でしたか。失敗でしたか。

意味がよくのみこめないらしかった。

――寒いんですか。

――寒いようだが、朝日は暖い。

――昨夜、よくねなかったんですね。

ちょっと眉をあげて、考え深そうな眼付をした。

――波江さんから、いじめられたってわけですか。

白痴めいた薄笑いが口許に浮んだ。

――どうです、今でもやはり、波江さんを愛していますか。

――分らない。ただばかに淋しい。

――淋しい?……へんですね、朗かになる筈じゃなかったんですか。