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おんなけんし
女剣士
「小説新潮 第八巻第八号」1954(昭和29)年5月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,694 字 · 74 页
「立ちなさい」
「まだ、立てねえ。水、一パイ、下さいな」
「このぐらいのことでねえ」
「へ、も、下僕はやめます」
こう云った瞬間に、しかし存八は突然アベコベのことが頭に閃いていたのである。薄らぐ痛さを満してくる何かがある。愛情だ。叩きのめされて口からハラワタをだした蛙でも、この娘には愛情をもちそうな思いがした。娘は残酷そのものだ。脂汗をしたたらして地上をのたうっている存八にイタワリをかけようともしないのである。そうかと云って存八の苦悶をたのしむような妖怪じみたところがあるわけではない。全然無関心の様子だから尚さら薄気味がわるいのである。山のように無関心だ。麓にあえいでいるのが存八で、娘は富士山のようだった。存八はそう思った。
下僕というのが毎日娘にぶたれる商売ならやりきれないが、自分がぶたれなければ誰かが代りにぶたれるのだナと考えると、なんとなく嫉妬めくものを覚えた。こういう得体の知れない大物に惚れたはれたの才覚はとてもつかない存八であるが、この大物の身辺に侍して、かたわら、おもむろにお作とアイビキをたのしむ、ぶたれるのと差引勘定、けっして悪いとは云えない。