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おんなけんし
女剣士
「小説新潮 第八巻第八号」1954(昭和29)年5月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,694 字 · 74 页
というのは、彼自身は意識しないが、人間世界を敵にまわしたあげく、彼自身が人間ではなくなる境地に近づいていた。鳥獣を屠ると同じように人間を屠殺できる境地に接近しつつあったのである。
この朝之助の境地をさとって、にわかに傾倒するようになったのが小学教員の寺田正一郎であった。
彼は小学校の教員としては模範的な人物であった。教え子のために自己をギセイにすること、かくの如き人物は珍しい。劣等児のためには特別の教室をひらいて、せめて字の一ツも書けるようにしてやるために忍耐をいとわず、父兄の病む者があれば代って畑を耕し薬物をめぐみ、また夜間は自宅に無料のソロバン塾をひらいてとかく算数にうとい農村の子弟に実地の勘定法を教えてやるというぐあいだった。だから、とかく教員なぞは無用の長物と考えられがちな山中の村で彼は異例の存在で、若年ながら里人の敬慕をあつめるに至った。
しかし、彼自身は自分の行為にあきたらなかった。微々たる自分がたかが山中の鼻タレどもに自己の全てをギセイにしても、それが何ほどの物であるか、という風に考えていたのである。元々彼が教育のために自己をギセイにすることなぞ彼にとっては持って生れた性分で、当り前のことだった。