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じょせいのきょうようとしんぶん

女性の教養と新聞

宮本 百合子

「セルパン」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,713 字 · 4 页

青空文庫

現実を、その様々な相互関係、矛盾の内外につき入って具体的に理解する実力、そしてそれらの間に在る自身の居り場所とその意味を把握して生きる力を教養であるとして考えて見ると、今日の日本の新聞は、そういう意味では一般に女性の教養を高める役には大して立っていないのではないかと思う。全体的に見て、今日の新聞そのものの性質が、明治初年の天下の公器としての自由性を失われているのであるから、現象的にニュースの断片を注ぎ込まれ、物価騰貴とその末葉のやりくりを知らされても、事象の本源までは新聞では迚も分らなくなって来ている。

婦人欄の扱いかたなどは、近頃各紙とも相当苦心の跡が見える。写真の使い方、見出しのつけ方等、時に溌剌とした印象を与えるが、概して記事の範囲、深さは婦人雑誌から遠くも広くもなり難いらしい。昔、婦人欄は主として婦人記者であったけれども、この頃はそういうことが減って大体は男の記者でやられている。婦人欄などの狙っている面白さとそのこととの間に、なにか微妙な関係のあることが感じられるのである。

『読売新聞』夕刊につく重宝欄は、おそらく大抵の女のひとに一応は読まれているであろう。