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つまのざ
妻の座
壺井 栄
「新日本文学」1947(昭和22)年8月、1949(昭和24)年2月~4月、7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 82,695 字 · 165 页
「さよなら。」
「いってらっしゃい。」
「迎えにゆくわね、お母さん。」
まるで旅行に出る母をおくるような別れ方だった。野村ひとりは暗い顔で、ていねいに腰を折ったおじぎをした。そとはまっくらで、方向が分らなかった。突っ立ったまま、闇の中に目をすえていると、野村の長女が提灯をもって出てきた。笑ってそれを差出す顔が、灯かげにくまどられてこわく見えた。
「お母さん、心配しないでね。私たちでよくお父さんにたのむわ。」
小さな声でいって、返事も聞かずに中に入った。小さな提灯に足もとを照しながら、三人は無言で細い道を歩いた。
閑子はこうして帰ってきたのである。そして三日たち、五日がすぎた。野村からは何の沙汰もない。
「三日間考えて、郵便が、どうかすると三日位かかるわね。」
閑子は待ちあぐんでいるのだ。七日たち十日もすぎた。閑子の顔はいんうつに、いつも眉がひそめられていた。
「私、いってくる。」
「よしなさい。帰ってほしければ迎えにきますよ。」
「でも、私ゆく。いって返事を聞いてくる。約束だもの。こんな筈ないわ。」
「分らないの。きれいに引き下った方がいいのよ。」
「いや。野村はどんなつもりでいるかしらないけど、私が帰れば子供たちは喜んでくれるわ。