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むすめ

娘

岡本 かの子

「婦人公論」1939(昭和14)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,846 字 · 16 页

青空文庫

彼女は「また源五郎かしらん」と思った。金魚や鮒の腹に食いつく源五郎虫のように、彼女達は水上で不良の男達の艇にねばられることがあった。彼女たち娘仲間の三四人は、これに「源五郎」と符牒をつけていた。

彼女がいま近づいて来た相手をくわしく観察する暇もない程素早く近寄って来たスカールの上の青年の気配が、彼女に異常に伝わった。その大きな瞳といわず、胸、肩といわず、それは電気性のものとなって、びりびり彼女を取り込め、射竦ますような雰囲気を放った。あの競漕の最中に、しばしば襲って来るあの辛いとも楽しいともいいようのない極限感が、たちまち彼女の心身を占めて、彼女を痺らす。彼女に生れて始めてこんな部分もあったかと思われる別な心臓の蓋が開けられて、恥かしいとも生々しいともいいようのない不安な感じと一緒に其処を相手から覗き込まれた。

彼女はうろたえた。咽喉だけで「あっ」といった。オールもまちまちに河下の方へ艇頭を向けると、下げ潮に乗って、逃げ出した。するとその艇も逃さず追って来た。ふだんから室子は結局のところは男に敵わないと思っていたが、この青年は抜群の腕と見えて、彼女の左舷の方に漕ぎ出ると、オールへ水の引掛け方も従容と、室子の艇の、左舷の四分の一の辺へ、艇頭を定めると、ほとんど半メートルの差もなく漕ぎ連れて来る。