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ごらくろん
娯楽論
戸坂 潤
民衆と娯楽・その積極性と社会性・
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,484 字 · 29 页
娯楽は不当に卑しめられ、そして同時に事実に於ては不当に放置されている。こう見て来ると、民衆生活の民主的伸張擁護のために、娯楽が今日何を意味するだろうかが、略々見当づけられるだろう。娯楽なるものは、民主的な課題の一つなのだ。
処が今日娯楽と云えば、民衆に躾けをつけようという心掛けの人間にとってか、そうでなければ民衆の歓心を買おうと心掛けている人間にとってしか、用のない観念であるように見える。飴と鞭とか、それとも飴だけか、の相違しかない。どれも民衆の利用者がもつ処の観念であり、民衆という原料から専ら効用を惹き出そうという側の人間のもつ観念でしかない。で、なぜ吾々が今、娯楽の考察を重んじなければならぬかが、重ねて判るだろうと思う。
古代以来の倫理思想・倫理説・倫理学・を見ると、娯楽を以て道徳の何等かの原理としたものは案外少ない。之に反して、幸福を原理としたものは、古来絶えない主流をなしている。快楽説というやや不幸な名を以て呼ばれるものがそれだ。快楽と幸福との区別はとに角として、その場合の問題の要点は快楽ではなくて幸福にあるのが恒で、エピクロスの園は実は酒池肉林の快楽の園ではなくて、幸福な賢者達の典雅な文化的社交界であったのだ。