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おんなけいず

婦系図

泉 鏡花

「やまと新聞」1907(明治40)年1~4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 172,760 字 · 343 页

青空文庫

手洋燈を摺らして出したが、灯が低く這って届かないので、裏が紺屋の物干の、破子の下に、汚れた飯櫃があった、それへ載せて、早瀬が立って持出したのを、夫人が伸上るようにして、霑をもった目を見据え、現の面で受取ったが、両方掛けた手の震えに、ぶるぶると動くと思うと、坂になった蓋を辷って、呀と云う間に、袖に俯向いて、火を吹きながら、畳に落ちて砕けたではないか! 天井が真紫に、筵が赫と赤くなった。

この明で、貞造の顔は、活きて眼を開いたかと、蒼白た鼻も見えたが、松明のようにひらひらと燃え上る、夫人の裾の手拭を、炎ながら引掴んで、土間へ叩き出した早瀬が、一大事の声を絞って、

「大変だ、帯に、」と一声。余りの事に茫となって、その時座を避けようとする、道子の帯の結目を、引断れよ、と引いたので、横ざまに倒れた裳の煽り、乳のあたりから波打って、炎に燃えつと見えたのは、膚の雪に映る火をわずかに襦袢に隔てたのであった。トタンに早瀬は、身を投げて油の上をぐるぐると転げた。火はこれがために消えて、しばらくは黒白も分かず。阿部街道を戻り馬が、遥に、ヒイインと嘶く声。戸外で、犬の吠ゆる声。