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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
と幾代は云い続けた、「気の毒のようでもありますね。あれまで手許で育てたのを、無理に引き離すんですから。」
「お話の模様では、いい子のようでございますね。」と兼子は云った。
「ええ、おとなしそうな可変いい子でしたよ。言葉も上品ですし、よほど注意して育てたものと見えます。家の子だとしても恥しくはありますまい。」
「私済まない気がしますわ。」
「それもそうですけれどね……。」
「それが人間としての本当の気持ちだ!」と彼は思わず叫んだ。
兼子は頭を垂れて唇をかんだ。彼はじっとしてるのが苦しくなった。坐ってる膝頭をやけに揺ぶった。変に気持ちがねじれてゆきそうだった。
二人きりになった時、兼子は彼の腕に縋りついてきた。
「どうしたら宜しいでしょう?」
「どうしたらって、今になって仕方はないじゃないか。今更向うへ取消すわけにもゆくまいから。」
そう云いながら彼は、何を云うんだ、何を云うんだ! と自ら心の中でくり返した。それでも彼は、先刻母へ向ってあんなことを云った同じ口で兼子を説得しようとしていた。
「兎に角、そうした方がいいかも知れない、もう茲まできてしまったんだから。子供も、一生父なし子で暮すよりは、公然と家で育った方が幸福だろう。