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こをうばう

子を奪う

豊島 与志雄

「中央公論」1921(大正10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页

青空文庫

その幸福は、凡てをよくなしてくれるかも知れない。たとい一時はつらくっても、母親は、それを喜ぶに違いない。そして、お前とお母さんとは、いい出した本人じゃないか。あの子を実の子のように愛してさえくれたら……愛することによってお前の生活が、晴々としたものに、そうだ、晴々となったら、僕はどんなに嬉しいか知れない。僕にはあの子を愛せられないかも分らないけれど……。」

「あなた!」と兼子は云った。

「僕は元来子供は嫌いなんだ。然し一緒に暮してると好きになるかも知れない。当然憎むべきお前でさえ、あの子を愛すると云うんだから……。僕は心からお前に感謝してる。お前があの子を愛してくれるのは、僕の過去の罪を二重に浄めることなんだ。而もそれによって、お前自身の生活にも張りが出来てきて、陰欝でなくなるとすれば……。」

彼はふと口を噤んだ。自分でも、本当のことを云ってるのか嘘を云ってるのか、分らなくなってしまった。偽善者め! と嘲る声と、痛切な感激の声とが、同時に心の中に響いていた。

俺はやはり子供を引取りたいのだ! 彼は其処まで掘りあてると頭を一つがんと殴られたような気がした。