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こをうばう
子を奪う
豊島 与志雄
「中央公論」1921(大正10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,292 字 · 80 页
よっぽどあなたを起しに行こうかと思っていますと、いつのまにか眠ってしまうんですよ。」
兼子と一緒に寝かした方がいいかも知れないと彼は思った。然し幾代はやはり自分が抱いて寝ると主張した。彼女は昼間依子と遊ぶのよりも、夜一緒に寝るのを楽しみにしていた。そして実際、依子の機嫌を取りつつ遊ばせるのは、彼女にとっては余りに気骨の折れることだった。彼女はせめて夜だけは孫を占領しようとしていた。
「余り困ったら起しに行きますから。」と彼女は云った。「それにしても、ほんとうによくあなたになついたものですね。
それが思い違いだったのだ! 彼は事の真実を発見した時、一種の驚きと恐れとを感じた。
風のない静かな薄暮の頃だった。依子の姿がふと見えなくなった。方々の室を深し二階まで覗いてみたけれど、依子は居なかった。先刻までおとなしく遊んでいたというので、なお不安に思われた。皆は家の内外を探し廻った。すると一人の女中が彼女を見つけ出した。彼女は庭の隅にぼんやり立っていたそうである。女中が駈けてゆくと、「お母ちゃん!」と叫んで、なかなか家へはいろうとしなかった。そして遂に連れて来られると、ただまじまじと兼子の顔を眺めていた。