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あんじゅうこん

安重根

谷 譲次

――十四の場面――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,548 字 · 100 页

青空文庫

女一 あら、ほんと? 大変大変!

男 そら始まった。大変はよかったね。日本の水兵が来ると言うと、すぐあれだ。眼の色を変えて騒ぎやがる。

張首明 (安重根の顔を剃りながら)情夫でも乗ってるというのかい。

奥へ通ずる正面のドアから張首明妻お光が出て来る。

お光 情夫ですって? 面白そうなお話しね。(一同へ)あら、いらっしゃい――日本の水兵さんは、みんなロシア娘の情夫なんですとさ。

近所の男 どこがよくてそう日本人なんかに血道を上げるんだろう。気が知れねえ。

お光 おや、ここにも一人日本人がいますよ、ははは。

髪を刈っている客 (金学甫の椅子から)そうだ。日本人と言えば、ハルビンは騒ぎのようだね。ロシアの大蔵大臣のココフツォフとかいう人が来て、日本の伊藤公爵を待ち合わせるんだそうだ。

張首明 伊藤公爵って、この六月まで韓国統監をしていた伊藤さんかね。

女一 さよなら。

女二 あたしも行こう。油を売っちゃいられないわ。

近所の男 張さん、じゃまた、後で来るぜ。

張首明 そうかい。もうすぐだがね。

女三人と近所の男は、張首明夫婦に挨拶して去る。入れ違いに、よごれた朝鮮服に鳥打帽をかぶり、煙草の木箱を抱えた禹徳淳がはいって来て、安重根とちらと顔を見合って腰掛けに坐る。