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ほうえいふんか
宝永噴火
岡本 かの子
「文学界」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,505 字 · 62 页
そのとき殆ど昏睡状態の人の手が反射神経で畳の上の錐をふらふら拾い取り手当り次第に、膝を組んでいる脚の部分に突き立てる。白金色の痛みは身体中に拡大し、眠りの幕は放射状の爆破で、一気にどこかへ吹き飛ばされて仕舞う。その後を埋めるものは前の続きの思考状態かというと、それは直ぐに取戻されては来ない。錐を引いたと同時に去って行く痛みの尾のいおうようない甘酸っぱいひりひりした感覚の中に、うっかり閃いて来る心象は橘屋の娘のことでなければ富士の白い姿であった。一週間ほど慧鶴は新しく取り上げた求道の慾望によって竕散の意識感覚を取纏めることに懸命の努力をし、どうやら思考も継続して追詰めて明けるように慣れて来た。周囲の事物はだんだん慧鶴に対して正体や意味を失って来た。彼は周囲に、ただ芝居の書割の中に往来するぐらいの注意力しか奪われなくなった。生ける人間に対しても同様だった。彼等の存在や彼等との交際には一向興味が無くなって来た。
自然彼等との応対交渉は冷淡になり、総ての情熱は内部に向っての思惟の座に注がれた。それは今まで友達に対して面白く賑かで親切であった慧鶴を急に、エゴイストに変ったように見えた。