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ほうえいふんか
宝永噴火
岡本 かの子
「文学界」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,505 字 · 62 页
慧鶴は漸くあわただしい心の赴くままに驀地に故郷へ帰った。秋の十月に諸国に地震があり、故郷の駿河も相当ひどかったということは彼の帰心を弥が上にもそそったのであった。
彼は一先ず師匠の寺の松蔭寺へ落着いた。師匠の単嶺は清水禅叢にいる時分に歿くなって、今は兄弟子の透鱗が寺を守っていた。寺は地震で壊れた個所に手入れをしていた。寺の縁からは相変らず大きい富士が畑と愛鷹山越しに眺められた。しばらく振りに見る秋の富士は美しく気高いものには違いなかったが何となく不安な様子が漂っていた。慧鶴は、それは自分の主観の煩いが向うに映ってそう見えるのではあるまいかと訝った。しかしその不安にはまた不思議に情熱の籠ったものがあった。籠ったというよりは憤ろしく鬱積しているという感じだった。慧鶴は強いてそれを押え、富士の姿に向って寺の縁で座禅に努めた。
慧鶴が国を出てから十年近くにもなって帰って来たというので親戚や知り合のものは珍らしがって訪ねて来た。慧鶴は何を問われても「うんうん」と返事をするだけなので、みんなは気狂いか莫迦になったものと思い、呆れて帰って行った。慧鶴は折角、寝ても覚めても思索一途に嵌り込めるようになった心境の鍛錬を俗人との世間咄しに乱されてしまうのは惜しくて堪らなかった。