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じっけんしつのきおく

実験室の記憶

中谷 宇吉郎

「図解科学」朝日新聞社、1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,440 字 · 13 页

青空文庫

一カ所ごとに腰を落付けて、きちんとその点を片づけて、ここまでは大丈夫という段階を一段一段と上がって行くやり方が、この実験室の気風であった。そういうやり方をするには、実験台の上に不必要なまたは不用になった機械や道具があってはならない。極端にいえば少なくともすぐ眼に見えるところにある戸棚の中にさえそういうものは置かない方がよいのである。そして実験台の上には広々とした空所のあることが必要である。

そういう心配りはしかし実際は不必要なのである。こういうふうな気風の実験室の中では、実験台の上に置かれた不用の小道具類は石の上に放り出された雑草のようにいつの間にか消えてしまう。そしてひどく毛色は変っているが、一種の明窓浄机の面影が実験室の中に出て来るのである。もちろん雑多な技術や知識が始終流れ込んでいるので、こういう自然淘汰が出来上がるまでには活きた長い時が必要である。実験室が一度死んでしまうと澱んだ水のように、この空気もくさってしまう。しかしそれが活きて流れておれば、いつの間にか適当な自然淘汰が行われて、必要な知識の集積が、実験室の記憶となって、その室の隅々まで浸みて残るのである。