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ふじとざん

富士登山

高浜 虚子

「ホトトギス 第十九卷第十二號」1916(大正5)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,282 字 · 9 页

青空文庫

われ等は強力に持たせて行った米を此の岩室で炊いて、携えて行った鑵詰類を菜にして午飯を食ったのであった。乏しい鑵詰の牛肉は取落した一片も砂を払いのけて食うほど珍重なものであった。

八合目を過ぎて胸突八丁にかかってから今迄ただ砂漠を上るような感じのしていた山に岩骨が突出していて、其間の急勾配を登ることになるのであるから今迄に引替えて苦しくなって来た。それにもう空気が余程希薄になって来ているので、十間も歩くと息が切れて道端に休まねばならぬような有様になった。殊にここに登っている時私は一人になってしまっていた。私は十間歩いては休み五間歩いては休みしながら、私の後から来る人を待ち設けていたが、幾ら待っても登って来る人はなかった。其時、一陣の冷い風が頭上の屏風岩のあたりから吹いて来ると思うと瞬く間に霧が眼の前を流れて、大粒の雨が篠を乱して降って来た。寒気が一時に加わって頬や手の甲などは痛いほどの冷たさを覚えた。屏風岩が霧の間に隠れたり現われたりする光景だけでも物凄い眺めであったが、然し此時のようなすがすがしい清浄な心持のしたことは、殆んど絶無といっていい位のものであった。