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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
行糧の料はすでに尽き、衣類、履ものも旅の責苦に破れ損じた。この身なりで物乞うては餓を満たして行く旅の翁を誰も親切には教えて呉れなかった。
足柄の真間の小菅を踏み、箱根の嶺ろのにこ草をなつかしみ寝て相模へ出た。白波の立つ伊豆の海が見ゆる。相模嶺の小嶺を見過し、真砂為す余綾の浜を通り、岩崩のかげを行く。
東の国へ行くには二手の道があった。一つは山寄りの道を辿るのと、一つは海を越えて廻って行く道とであった。
山寄りの道を行く方が山の岳神を探すに便利は多いようなものの、それ等の山は多く未開の山で、ちょっと人に訊いただけでも、山の主は、百足であるとか、猿であるとか、鷲であるとか、気の利いた山の神ではなかった。これでは訪ねずとも判っている。翁は身に疲れも出たことなり、漸く舟人に頼み込み、舟の隅に乗せて貰って浪路を辿った。
海路は相模国三浦半島から、今の東京湾頭を横断して房総半島の湊へ渡るのが船筋だった。
土地不案内に加えて、右往左往した上、乗った船もここにはやてを除け、かしこに凪ぎを待つという進み方なので山の祖神の翁の上に人間の歳月の半年以上は早くも経ってしまった。