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ふじ
富士
岡本 かの子
「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页
夏麻挽く、海上潟の、沖つ州に、船は停めむ、さ夜更けにけり。
しとしとと来た雨の夜泊の船中で、寝ねがてた苫の雫の音を聞いていると翁の胸はしきりに傷んだ。翁は拾って来た娘の家の庭の小石を懐から取出して船燈のかげで検めみる。普通の石とは違っている。
すべすべして赤く染った細長く固い石である。頭と尾は細く胴は張っている。背及び腹に鰭のようなものが附いている。魚の形と見られぬこともないが、より多く涙が結晶した形と見る方が生きて眼に映る石の形であった。それは福慈岳が噴き出した火山弾の一つであるのだった。
「娘が変っているだけに、庭の小石も変っていら」
翁はそういって、なおも燈のかげで小石を捻っていた。
傷むこころに、きらりと白銀の丸のような光りが刺した。
「おれはいま娘の涙を手に弄んでいるのではあるまいか」
すると、娘がいったことであのときは不服のあまり胸に受けつけなかった意味のことが、まざまざと暗んじ返されてく来るのだった。
「庭の小石まで涙の形になってやがる。ひどい苦労は確にしたのだな」
それに凝りずに、娘はなおも苦労を迎えてそれを支えた成長の肋骨を増やす積りでいる。