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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

その山は全山が森林で掩われて鬱蒼としていた。麓の方は樫の林であり、中腹へかかるとそれが樅の林に代る。頂に近いところは山毛欅となった。山の祖神の翁はまだ山に近付かないさきから山の林種はこれ等で装われていることを、陽に映ゆる山緑の色調で見て取った。この様子の山なら草木の種類はまだ他にたくさん宿っている筈だ。

「豊な山だな」

翁は手を翳してほほ笑んだ。

山の頂は二つに岐れていた。尋常な円錐形の峯に対し、やや繊細く鋭い峯が配置よく並び立っている。この方は背丈けは他より抽んでているが翁には女性的に感じられる。翁はこの山には人身の岳神が住み守ると聞いたが、それにしたら、その岳神は結婚していて、恐らくその妻は良人より年長のいわゆる姉女房であるであろうと山占いをした。

東国の北部の平野は広かった。茅草・尾花の布き靡く草の海の上に、櫟・榛の雑木林が長濤のようにうち冠さっていた。榛の木は房玉のような青い実をつけかけ、風が吹くと触れ合ってかすかな音を立てた。丸く見渡せる晴れ空をしら雲が一日じゅうゆるく亙って過ぎた。

その山は北の方から南へ向けて走る大きな山脈の、脈端には違いないのだが、繋がる脈絡の山系はあまりに低いので、広い野に突禿として擡げ出された独立の山塊にしか見えない。