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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

命終せんとして雲に化し巌に化す。そこに生死を解脱して永世に存在を完うしようとする人間根本の欲望さえ遂げ得られるのではないか。

それに引代え娘はいくたたびの生死を語り、その生死毎に苦悩と美への成長を語り、生活とも幸福ともいわない。強いてそれらしいものを娘の言葉の中から捕捉するなら娘がいったいくたたびか迎える辛くも新鮮な青春、かくて遂に老ゆることを知らずして苦しくも無限に華やぎ光るいのち。娘にしたらこれをこう生活とも幸福ともいうのだろうか。おう!

山と人間を冥通するところの力に座して世に経るを岳神という。岳神も神には神である。だがこの程の生き方を望もうとも経られようとも思わぬ。

それは人界の理想というものに似ている。現実に遠く距るほど理想である。しかもあの娘はその遠く距るものを現実に享け生かそうとするものではなかろうか。

娘は祭の儀を説いて神の中なる神に相逢うといった。

思えば思うほどひとり壁立万仭の高さに挺身して行こうとする娘の健気な姿が空中でまぼろしと浮び、娘の足掻く裳からはうら哀しい雫が翁の胸に滴って翁を苦しめた。

取り付きようもない娘の心にせめて親子の肉情を繋ぎ置き度い非情手段から、翁は呪いという逆手で娘の感情に自分を烙印したのだったが、必要以上に娘を傷けねばよいが。