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ちいさなできごと

小さな出来事

寺田 寅彦

「中央公論」1920(大正9)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页

青空文庫

それは蜂の巣である。

私が始めてこの蜂の巣を見付けたのは、五月の末頃、垣の白薔薇が散ってしまって、朝顔や豆がやっと二葉の外の葉を出し始めた頃であったように記憶している。花の落ちた小枝を剪っているうちに気が付いて、よく見ると、大きさはやっと拇指の頭くらいで、まだほんの造り始めのものであった。これにしっかりしがみ付いて、黄色い強そうな蜂が一匹働いていた。

蜂を見付けると、私は中庭で遊んでいる子供達を呼んで見せてやった。都会で育った子供には、こんなものでも珍しかった。蜂の毒の恐ろしい事を学んだ長子等は何も知らない幼い子にいろんな事を云って警めたりおどしたりした。自分は子供の時に蜂を怒らせて耳たぶを刺され、さんしちの葉をもんですりつけた事を想い出したりした。あの時分はアンモニア水を塗るというような事は誰も知らなかったのである。

とにかくこんなところに蜂の巣があってはあぶないから、落してしまおうと思ったが、蜂の居ない時の方が安全だと思ってその日はそのままにしておいた。

それから四、五日はまるで忘れていたが、ある朝子供等の学校へ行った留守に庭へ下りた何かのついでに、思い出して覗いてみると、蜂は前日と同じように、躯を逆様に巣の下側に取り付いて仕事をしていた。