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ちいさなたび

小さな旅

富田 木歩

「俳句世界」1918(大正7)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,532 字 · 6 页

青空文庫

五月六日

今宵は向嶋の姉に招かれて泊りがてら遊びに行くのである。

おさえ切れぬ嬉しさにそゝられて、日毎見馴れている玻璃窓外の躑躅でさえ、此の記念すべき日の喜びを句に纒めよと暗示するかのように見える。

母は良さんを連れて来た、良さんと云うのは此の旅を果させて呉れる――私にとっては汽車汽船よりも大切な車夫である。

俥は曳き出された。足でつッぱることの出来ぬ身体は揺られるがまゝに動く。

私の俥は充分に外景を貪り得るように、能うだけの徐行を続けているのだが、矢張り車夫として洗練されている良さんの足は後へ後へと行人を置きざりにして行くのである。

やがて見覚えのある交番の前を過ぎた。道は既に紅燈紘歌の巷に近づいたのである。煙草屋の角や駄菓子屋の軒などに、江戸家とか松葉とか云うような粋な軒燈が点いている。それは煙草屋や、駄菓子屋の屋号ではなくて、それらの家々の路地奥にある待合や芸妓家の門標であることに気のついた頃はそうした軒燈を幾つとなく見て過ぎた。

旨そうな油の香を四辺に漂わしながらジウジウと音をさせている天ぷら屋の店頭に立っている半玉のすんなりした姿はこの上もなく明るいものに見られた。