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しょうけい
小景
宮本 百合子
ふるき市街の回想
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,323 字 · 15 页
身なりもかまわず、風が誘うと一枚の木の葉のようにあの街頭に姿を現し、目的もなく、買う慾もなく、ただ愉しんで美を吸い込んで歩いたのは、貧しい一人の芸術愛好者、私ばかりであったろうか。
――そうは思われない。
私の眼が、一人の仲間を見た憶えがある。
或る晩春の午後であった。
私が独りで、ぶらぶら白く埃の浮いた鋪道を京橋の方に歩いていると、前後して一人の若者が通りすがった。同じ方向に行く。これぞと云う定った目的はないらしく、彼は絵ハガキ屋のスタンド迄のぞいて、殆ど私と同時に一軒の花屋の前に立ち止った。
広い間口から眺めると、羊歯科の緑葉と巧にとり合せた色さまざまの優しい花が、心を誘うように美しく見えた。花店につきものの、独特のすずしさ、繊細な蔭、よい匂のそよぎが辺満ちている。私は牽つけられるように内に入った。そして一巡して出て来て見ると、若者はまださっきから同じところに立ったまま身動もしずにいる。
彼は、往来を歩いていたときとはまるで違うなごやかな、恍惚とした風で魅せられたように一つの鉢を見入っているのである。
それは、今を盛に咲き満ちた見事な西洋蘭の一鉢であった。