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こむらたんさい
小村淡彩
宮本 百合子
「女性」1926(大正15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,488 字 · 23 页
「おい、干し物あないか、夕立模様だぜ」
四辺はすっかり暗くなった。風につれて、さあっ、さあっと山から山へ立ちこめる霧雨が降って来た。いしは、暫く坐っていたが、番傘を一本持って店を出た。彼女は、溝川を彼方に渡り、線路を越し、傘に当る雨の音につれて夜目に白く大きい花の揺れている蓮池の辺を廻って、山科の別荘まで行って見た。
「今晩は――小松屋でございますが――」
台処口に、おかっぱで洋服の娘が出て来た。
「なあに」
「うちの女中、御注文のものを持って上りましてすか?」
「お魚? ええ来てよ。もうみんな食べちゃったわ」
と元気に返事した。
「そんならようございましたがね、どうしたんだかまだ帰って来ないもんですから……」
「かあさん。一寸」
細君の言葉で、ろくがそこには五分もいないで出たのが分った。
いしは、荒物屋で買物までして戻ったが、ろくは帰っていなかった。
「……妙だな。廻るったって廻るようなところもここにゃあるまいが……」
「何処へか行っちゃったんじゃあないでしょうか」
いしは、濡れた足を板の間で拭き拭き、
「本当にさ!」
と捨鉢に苦笑いした。
「お嫁の口を世話してくんないって、憤って行っちゃったのかも知んないよ」