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こむらたんさい

小村淡彩

宮本 百合子

「女性」1926(大正15)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,488 字 · 23 页

青空文庫

「私……何も盗りはしません、ただあすこにいる権……権さんのところへ行っただけです」

「誰だい、権というのは」

「……権さんです」

駐在は、短い鉛筆で手帳を叩いた。

「――権さんだけじゃあ分らない」

「……ああ、じゃああの男が権さんていうのかい、こないだ蒲団を背負って行った出眼の男が」

ろくは、合点をした。いしは、吻っとした心持を覚えながら説明した。

「何でございます、権さんてのは、××寺の寺男のようなことをしている、矢張り、まあ一寸、気がよすぎる男のことです」

「ふーむ」

駐在は、やや興味を殺(そ)がれたように見えた。彼は、片手で顎を撫でながら、考えていたが、また訊き出した。

「もとは何処にいた?」

「町です」

「鎌倉か?」

「ええ」

「××でもしていたんだろう」

「御冗談でしょう!」

いしが高飛車に応じた。

「御覧になったって分りますわ」

「本人に訊いているんだ。――お前男と関係したのは今度始めてか」

ろくは、汚く涙で穢れた眼の隅から、駐在を偸見て体を揺った。

「町でも何かあったのか」

これは滑稽な問答であった。ろくは、真面目に、

「――ええ、あの牛乳屋さんが」

と白状した。然し、何という牛乳屋かというと、ろくは、名も住所も知ってはいなかった。