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しょうねんのし

少年の死

豊島 与志雄

「新潮」1916(大正5)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,400 字 · 27 页

青空文庫

そして小母さんの顔に沸き立った鉄瓶をぶっつけたことと、金さんが恐ろしい声をして立ち上ったこととを、きれぎれに思い出した。そして妙に心が何物かに脅かされてただむやみに歩くのを余儀なくされた。

「おいおい、」と云って巡査に一度呼び留められた。

「何所へ行くんだ。」

「白山。」と彼は答えた。

「お前の家は何だ。」

その時庄吉の心に棟梁の顔が浮んだ。「大留」と彼はいった。

「大留と云うのは大工か。」

庄吉はもう何も答えないで、巡査の顔を見守った。

「よし早く行け。……白山はそっちじゃない。」

巡査は彼が道に迷ったとでも思ったのか、右へ行って左へ行って何処を曲るんだというように委しく白山への途筋を教えてくれた。

然し庄吉は教えられた方へは行かなかった。彼は少しでも土地の低い方へ低い方へと歩いて行った。丁度低きにつく水の流るるようなものであった。彼はただ低い方へ流れていった。そして街路を通る人達は皆彼と反対の方向へ行く者のように彼には思えた。雨の中を、傘をさして通る人々の冷たい無関心な眼附の中を、そしてちらちら光る軒燈の中を、彼は一人歩いていた。

とある軒先に佇んでいる真白に鉛白をつけた女をふと庄吉は見た。