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おぜのむかしといま
尾瀬の昔と今
木暮 理太郎
「登山とスキー」1936(昭和11)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,599 字 · 15 页
が動機となっていることを見逃してはならない。
是より先明治二十七年に渡辺千吉郎君は利根水源探検隊を組織し、帰途尾瀬を過ぎて、其紀行を『太陽』第一巻第一号に発表しているが、登山に関心を持つ人などは極めて少なかった時代ではあり、一般の人は尾瀬の名を知らず、且つ記文も尾瀬を主としたものではなかったから、之を読んで興味を惹かれた者は先ず無かったであろうし、或は多少の好奇心を動かされたにしても、其名はすぐに忘られてしまったことであろう。其後「尾瀬紀行」が現れる迄十年余りの間に、尾瀬に行った人は可なりあったらしい、現に「尾瀬紀行」にもナデックボに在った堂小屋の左右の羽目板に、燧岳探検何某と余地なき迄に楽書がしてあったと記してある。が、夫等の人々からは残された何の記録をも得られないのである。
「尾瀬紀行」こそは実に尾瀬の植物景観と其風光とを世に紹介した最初のもので、筆者武田君は明治三十八年七月に日光湯本を出発して戸倉に出で、鳩待峠を経て山の鼻に至り、尾瀬ヶ原を横断し、尾瀬沼の北岸を廻り、三平峠を南に下って片品川の支流粘沢を遡り、丸沼に出で、大尻沼を廻って金精峠の路を再び湯本に帰られた、それが「尾瀬紀行」