轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

おぜのむかしといま

尾瀬の昔と今

木暮 理太郎

「登山とスキー」1936(昭和11)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,599 字 · 15 页

青空文庫

となって『山岳』の創刊号に載せられたのである。私は或日本郷通りの雑誌店を覗くと、表紙に山を象徴した大きな石碑のような一峰の地を紫褐色に染めて、中に「山岳」と白く抜いてある雑誌が目についた、思わず手に取って開き見て驚き且喜んだ。直に購い帰って耽読すると、忘れていた曾遊の地が朧気ながら眼底に浮んで来る、尾瀬も其中の一であった。それにしても後年尾瀬の名が斯く迄に喧伝されようとは、読んだ私は元より、書いた武田君も恐らく思っていなかったであろう。

しかし反響は意外に早かった。而もそれが又意外の方面から来た。四十一年七月中旬に水彩風景画家の大下藤次郎君は、日光から尾瀬沼に大規模の写生旅行を試み、多数の収穫を齎し帰りて、其中の幾点かは文部省の展覧会に出品され、其主宰する雑誌『みづゑ』は、臨時増刊号「尾瀬沼」を発行した。尾瀬の風景は初めて絵画によりて世に紹介されたのである。此方面に於ける先覚者大下君の労は多しとしなければなるまい。

もう一つ、武田君が尾瀬に行って其紀行をものされたことも、これは私の想像であるが、早田文蔵氏の「会津植物目録」で、尾瀬には北海道以外に内地では見られぬ植物の産することを知って採集に赴かれ、其結果「尾瀬紀行」