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おぜのむかしといま
尾瀬の昔と今
木暮 理太郎
「登山とスキー」1936(昭和11)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,599 字 · 15 页
とあって、早稲の転訛したものとしてあるが、尾瀬で米の作れないことは其後の実験が証明している。これは何処にもよくある例の地名に附会した説明に過ぎまい。
尾瀬の伝説は二、三あって以仁王に関するものが会津方面に伝わっている。南会津郡楢原村大字水抜の高倉山の麓に在る高倉神社は、高倉宮以仁王の霊を祭ったものであるというが、此附近には倉と名の付く地名が多いから、倉はを意味し、高倉神社の起原もそれと関聯したもので、以仁王のことは後に結び付けられたものではあるまいかと思う、然し確なことは実地を知らぬので何とも云えない。明応九年に記したという高倉神社の勧進帳の文は、文化六年の序ある『新編会津風土記』に載っている。夫に拠ると王の御一行は東海道から陸奥に赴かんとして檜枝岐山を通られたと記してあるので、尾瀬を経由したものであろうと想像されるのみに過ぎない。然るに同じ村の大字大内に在る高倉神社の社記は、治承四年八月六日渡部長七唱の手記に係ると伝えられ、宮川久雄君が採録して、大正十二年発行の『登高行』第三年に掲載した。其全文は次の通りである。
人皇八十代高倉院ノ御宇治承四年秋書