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やまのこんじゃく

山の今昔

木暮 理太郎

「山岳講座」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,554 字 · 42 页

青空文庫

ここに又一つの型に嵌った古来の風景観なるものがあって、山と水とは其最大なる要素であり、山水の二字は風景の代名詞として用いられた程であったにも拘わらず、世の所謂文人墨客と称するインテリ階級の多数は、水には親しみを持ったが山には疎遠であった。山は離れて眺めるものであることを知るのみで、丘陵程度の山の外は、其懐に入り、其頂に攀ずることを敢てしようともしなかった。稀には鈴木牧之や高橋白山、又は橘南谿や沢元※(「りっしんべん+豈」、第3水準1-84-59)の如き人もあって、山に於ける雲の美、岩の奇、眺望の大等に就て嘆美しているが、登った山は多きも二、三を超えず、しかも一度しか登っていないので、其の変化に富んだ無限の興趣を味わい、登山慾を唆られる迄に至らなかったのは惜しいことである。若し是等知識階級の人達が宗教登山者の如く、多くの山を登り、独自の立場から山を視、山を観察するようになったとしたら如何なったろう。或は又宗教登山者に、是等知識階級の人達が登山には雲の美、岩の奇、眺望の大等に就て注意す可きことを教えたとしたら如何なったろう。恐らく従来の風景観は型を破られ、山に対する認識は深まり、観察の眼は肥えて、其処に宗教を離れて独立した登山の萌芽が胚胎したのではないかと、例に引くのは少なからず気がさすのであるが自分の経験