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やまぶきのはな
山吹の花
豊島 与志雄
「群像」1953(昭和28)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,727 字 · 22 页
それは夕方のことだったが、その翌日、用達しから帰って来た女中が言うのには、あの仔猫が焼跡の路傍にしゃがんでいたそうである。それを聞いて、田宮は眉根をしかめた。
仔猫はおそらく、一晩中、その辺にじっとしゃがんでいたのだ。家にも入れて貰えず、食物も与えられず、しょんぼりと何かを待ちながら黙りこんでじっとしていたのだ。いったい、何を待っていたのであろうか。そしていつまでそうしていることであろうか。
その仔猫の姿が、はっきり脳裡に浮んだ。今もまた、湖面の残照の中に蘇ってきた。浅間しいというよりは、哀れな悲しい姿だった。
田宮自身、この大自然の中にあっては、哀れな悲しい者と自ら思われた。ホテルの横手に楡の喬木の林があり、その中に踏み込むと、ただほろ寒かった。盛夏でも気温二十度以上には昇らないという土地の故ではなく、空を蔽う欝蒼たる森林の気に圧せられて、自分自身が卑小に卑小に感ぜられた。その林から出て、また湖畔の道を辿りながら、あまり見馴れない樹木、桂だの沢胡桃だのを探しあてても、感興は湧かなかった。湖に注ぐ渓流の音はかすかであり、小鳥の声が時には聞えても、その姿は見えなかった。