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やまぶきちょうのさつじん
山吹町の殺人
平林 初之輔
「新青年」1927(昭和2)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,530 字 · 37 页
ことによると、東京市内に、これ位な事件は、現在二十も或いはそれ以上も起っていて、しかも誰一人それに気がついていないのかも知れぬ。
しかし、彼自身は大都会そのもののように無感覚ではあり得ない。彼は昼夜(ちゅうや)銀行の前まで来ると、筋向いの靴屋のショーウインドウの前に立ちどまり、その中から自分が前に穿いていた靴によく似た一足を物色して、中へはいってそれを買って穿いた。靴屋の小僧は、彼の風体などには全く無関心で、まるで洋服を着て女下駄をはいているのは極(ご)く普通の服装でもあるかのように、少しも平常(ふだん)と変ったところはなく、愛嬌よく、しかも非常に事務的に新聞紙で下駄を包んで彼に渡した。彼は、江戸川橋(えどがわばし)の上からそっと下の川へその包みを投げすてて、急いでひき返して電車にとびのった。
二
証拠をのこさないように非常に用心したに拘(かかわ)らず、既に二つの重大な手落ちをしたことがひどく彼の気を腐らした。一つは、昨日(きのう)被害者に出した手紙をどうしても発見することができなかったことだ。昨日の夕方丸(まる)の内(うち)でポストへ入れたのだから、今日の午前中にあの手紙はついている筈だ。