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やまもとゆうぞうしのきょうち

山本有三氏の境地

宮本 百合子

「文芸」1937(昭和12)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,155 字 · 32 页

青空文庫

高をくくって軽く動かそうとされると、猛然癇を立てるけれども、所謂情理をつくして折入ってこちらの面目をも立てた形で懇談されると、そこを押し切る気が挫ける律気で常識的な市民の俤が髣髴としている。五十年の生涯には沢山の口惜しい涙、傷けられた負けじ根性を通じての、自己の存在の主張がなされた。『生きとし生けるもの』の序でこの作者が「どんな形をしていようとも、この世に生を享けているものは、必ず何等かの意味に於て、太陽に向って手を延していないものはないと思います。」と云っている言葉には、不如意な境遇と闘ってこの矛盾の多い社会に自分の名札のかかった生存席を占めるために音のない、しかし恐しい競争を経験したものの感慨がこめられているのである。

山本有三氏は、斯様にして獲得された今日の彼としての成功に至る迄の人生の経験から、次第に一つのはっきりとした彼の芸術の脊髄的テーマとでも云うべきものを掴んで来ているように見える。それは、予備条件として在来の社会機構から生じた各個人間の極く平俗な生存競争の必然を認めつつ、だが、窮極のところ、人生の意義というものは、人間対人間の目前の勝敗にあるのではない、「持って生れたものを誤らないように進めてゆく、それが修業」