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やまもとゆうぞうしのきょうち

山本有三氏の境地

宮本 百合子

「文芸」1937(昭和12)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,155 字 · 32 页

青空文庫

息子との間は、生活的本質で断たれっぱなしで、そこはそれなりで、しゃっきり腰をひき立てた允子の姿は、人間的豊富さにおいて物足りない。

野上彌生子氏の「若い息子」における母の感情を、允子の場合と比べて、感じるものがあるのは私一人ではないだろうと思う。「若い息子」の母親は、やはり高等生の母である。やはり、生活に不安はない家庭の母である。息子がひっぱられたりすることは元より嫌いで、ひそかに息子がそういうことにならないためには大いに努力している小市民的な母ではあるが、避け難いことが起ろうとする前夜、彼女は出てゆく息子に、色のない唇でわずかに囁いた――「さむくなるから――かぜひかないでね。――母さんは。母さんは。――」と。これは断々な、とり乱した言葉である。が、切られない愛で息子の心中にある何ものかの横へまでこの母は思わず擦りよって行っているのである。

「波」の中にある言葉に従えば、山本有三氏はこの社会というきたない大溝へ、せめて清水を流し込もうとしている一人の作者だと思う。この作家を愛する読者は、それらの読者に愛されている全くその原因から、この作者の特質である人生的テーマが、現代の複雑な情勢の間で、今日或る危機に近づいていることを敏感に知らなければならない。