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やまごしのあみだぞうのがいん

山越しの阿弥陀像の画因

折口 信夫

「八雲 第三輯」1944(昭和19)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,125 字 · 30 页

青空文庫

四天王寺西門は、昔から謂われている、極楽東門に向っているところで、彼岸の夕、西の方海遠く入る日を拝む人の群集したこと、凡七百年ほどの歴史を経て、今も尚若干の人々は、淡路の島は愚か、海の波すら見えぬ、煤ふる西の宮に向って、くるめき入る日を見送りに出る。此種の日想観なら、「弱法師」の上にも見えていた。舞台を何とも謂えぬ情趣に整えていると共に、梅の花咲き散る頃の優なる季節感が靡きかかっている。

しかも尚、四天王寺には、古くは、日想観往生と謂われる風習があって、多くの篤信者の魂が、西方の波にあくがれて海深く沈んで行ったのであった。熊野では、これと同じ事を、普陀落渡海と言うた。観音の浄土に往生する意味であって、々たる海波を漕ぎきって到り著く、と信じていたのがあわれである。一族と別れて、南海に身を潜めた平維盛が最期も、此渡海の道であったという。

日想観もやはり、其と同じ、必極楽東門に達するものと信じて、謂わば法悦からした入水死である。そこまで信仰においつめられたと言うよりも寧、自ら霊のよるべをつきとめて、そこに立ち到ったのだと言う外はない。そう言うことが出来るほど、彼岸の中日は、まるで何かを思いつめ、何かに誘かれたようになって、大空の日を追うて歩いた人たちがあったものである。