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やまごしのあみだぞうのがいん

山越しの阿弥陀像の画因

折口 信夫

「八雲 第三輯」1944(昭和19)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,125 字 · 30 页

青空文庫

などとある。此は算盤を以てする卜法である。置くが日を計ることに関聯していることは、略疑いはないようである。ただおくなる算法が、日置の場合、如何なる方法を以てするか、一切明らかでないが、其は唯実際方法の問題で、語原においては、太陽並びに、天体の運行によって、歳時・風雨・豊凶を卜知することを示しているのは明らかである。

此様に、日を計ってする卜法が、信仰から遊離するまでには、長い過程を経て来ているだろうが、日神に対する特殊な信仰の表現のあったのは疑われぬ。其が、今日の我々にとって、不思議なものであっても、其を否む訣には行かぬ。既に述べた「日の伴」のなつかしい女風俗なども、日置法と関聯する所はないだろうが、日祀りの信仰と離れては説かれぬものだということは、凡考えていてよかろう。

其に今一つ、既に述べた女の野遊び・山籠りの風である。此は専ら、五月の早処女となる者たちの予めする物忌みと、われ人ともに考えて来たものである。だが、初めにも述べた様に、一処に留らず遊歴するような形をとることすらあるのを見ると、物忌みだけにするものではなかったのであろう。一方にこうした日を追う風の、早く埋没した俤を、ほのか乍ら窺わせているというものである。