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やまごしのあみだぞうのがいん
山越しの阿弥陀像の画因
折口 信夫
「八雲 第三輯」1944(昭和19)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,125 字 · 30 页
其に、此はよいことともわるいこととも、私などには断言は出来ぬが、仏像を越して表現せられた人間という感じが強過ぎはしなかったか、と今も思うている。
この絵は、弥陀仏の腰から下は、山の端に隠れて、其から前の画面は、すっかり自然描写――というよりも、壺前栽を描いたというような図どりである。一番心の打たれるのは、山の外輪に添うて立ち並ぶ峰の松原である。その松原ごしに、阿弥陀は出現している訣であった。十五夜の山の端から、月の上って来るのを待ちつけた気持ちである。下は紅葉があったり、滝をあしらったりして、古くからの山越しの阿弥陀像の約束を、活そうとした古典絵家の意趣は、併しながら、よく現れている。
此は、為恭の日記によると、紀州根来に隠れて居た時の作物であり、又絵の上端に押した置き式紙の処に書いた歌から見ても、阿弥陀の霊験によって今まで遁れて来た身を、更に救うて頂きたい、という風の熱情を思い見ることが出来る。だから、漫然と描いたものではなかったと謂える。心願を持って、此は描いたものなのだ。其にしては絵様は、如何にも、古典派の大和絵師の行きそうな楽しい道をとっている。